アジアの旅

パキスタン 1950年代の旅人が歩いた道 ヒッピー・ロードの魅力(ラホール、ラワールピンディー)

ヒッピー・ロードを回想する

今の時代の旅人から聞くことはないだろうが、ヒッピー・ロードは1950年代からのバックパッカーたちがアジア横断に使った定番ルート。バックパッカーであれば、誰でも知っているような有名な旅行記「何でも見てやろう」や「深夜特急」のアジア横断ルートにもヒッピー・ロードが使われている。今でこそ、想像ができないが1960年代のアフガニスタンのカブールは、旅人たちの旅の中継地。「ヒッピーの聖地」や「沈没宿」としても有名だったそうだ。1950年代から1980年代の旅行記を読むと、当時は「マジック・バス」と呼ばれるネパール(カトマンズ)からイギリス(ロンドン)を目指すバスツアーがヒッピー・ロードを通っていたらしい。パキスタンのラワールピンディーもヒッピー・ロードの要所のひとつ。沢木耕太郎の旅行記「深夜特急」にも、この「マジック・バス」は登場する。1950年代から1980年代の旅行記やバックパック旅行が好きな方には、憧れのルートだ。

廃れた街ラワールピンディー

ラワールピンディーに到着した時には、日も暮れていた。パキスタンの首都「イスラマバード」から近く、街の様子からも昔はヒト・モノ・カネが集まってくるような賑やかな場所であったことが想像できるが、現在ではもの珍しい外国人以外はほとんど訪れることがない廃れた街になっている。治安も悪く、ホームレスが平気で追いかけまわしてくる。しかし、今でも旅行記で読んだような昔の名残は感じる部分も多く、街の活気が失われたこと以外は、街の雰囲気や独特の埃っぽさは変わっていないのだろうと感じた。

今では、フンザへ行くための中継地として利用される方がほとんどだが、アフガニスタンに抜けるために利用される中継地でもあるようだ。バスターミナルの場所は、市街地と市街地から少し離れた場所に2つ存在する。ラホールからラワールピンディーに到着するバスは、市街地から少し離れた場所に到着する。そして、フンザへ向かうバスは市街地のターミナルから発車する。バスターミナル間の移動は、タクシーが一般的。パキスタンの人たちは、旅行者慣れもしておらず英語もほとんど通じないので、根気が必要になる。

ラワールピンディーのゲストハウス

アルアザム

旅行者がほとんど訪れない街となってしまったため、昔は数多く存在したであろうゲストハウスの多くが廃業している。そして、ワールピンディーでの外国人の宿泊は政府からの許可書が求められるために外国人お断りのゲストハウスも多い。そんな中でも今でも変わらずに営業している「アルアザム」に宿泊。街で営業しているゲストハウスは2件しかなかった。施設は見た目の通り、とにかく古い。居心地の良さは抜群。特に屋上からの景色は最高。しかし、潔癖症の方には厳しいだろう。

活気のある街ラホール

インド国境に近い街ラホール。パキスタンの都市であり、インドとの関係が深い歴史的な点からも活気のある街だ。アイスクリーム屋なんてラワール・ピンディーではなかったがラホールには存在する。「ラホールフォート」と呼ばれる観光地も有名。都市であり、旅行地としての魅力は少ないので、フンザに行く前に少し寄り道するくらいで十分だろう。

ラホールのゲストハウス

リーガル・インターネット・イン

ラホールのゲストハウスは、一昔前までは泥棒宿だらけだったようだ。その中での、リーガル・インターネット・インは安全な宿のひとつとして有名らしい。実際に清潔感のある設備で宿泊料金も驚くほど安い。

まとめ

「何でも見てやろう」や「深夜特急」のような旅をしたい方には、ラワールピンディーはおすすめの街。世界中の観光地が発展している中で、今でも昔のような雰囲気が感じられる街は少なく、ほとんどない。